大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和60年(う)263号 判決 1985年6月21日

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中各八〇日を当該被告人に対する原判決の刑にそれぞれ算入する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人藤原純一の弁護人遠藤正良及び同門田治代の弁護人隅田勝巳作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一被告人藤原純一の弁護人の控訴趣意について

論旨は、原判決は、被告人藤原に対し懲役七年及び罰金一〇〇万円の刑を量定した事情の一つとして、「被告人らの営利目的所持にかかる覚せい剤の分量は、極めて多く、被告人藤原の手によつてその大部分の四二〇グラム余りが現実に密売され、覚せい剤の深刻な害悪を大量に社会に流布拡散させるに至つた」ことを挙げているが、被告人は、警察の押収捜索を受けた際、当時所持していた約五〇〇グラムの覚せい剤のうち約二五〇グラムを自宅の便槽の中に捨ててしまつたものであり、原判決認定のような大量の覚せい剤を被告人が第三者に譲渡した事実はないので、原判決の量刑は、かなり変更されるべきである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するのに、原判決は、被告人藤原に対する「罪となるべき事実」として、(一)被告人門田治代との共謀により犯した覚せい剤約五〇〇グラムの営利目的による所持、(二)営利目的による覚せい剤約五グラムの譲渡及び二回にわたる覚せい剤約五・八グラムの無償譲渡、(三)覚せい剤約〇・〇三グラムの水溶液の自己使用、(四)けん銃三丁及び縁打式銃用実包等合計一四二発の不法所持の各事実を認定したうえで、「量刑の理由」の項において、同被告人に対し「懲役七年及び罰金一〇〇万円」の刑がやむをえないものである理由として、1本件営利目的所持にかかる覚せい剤の量がきわめて多く、被告人藤原によつてその大部分である四二〇グラム余りが現実に密売され、覚せい剤の深刻な害悪を大量に社会に流布拡散させるに至つており、この一点をもつてしても犯情が重大かつ悪質であるということのほか、2同被告人は、判示第一の犯行につき主犯と目すべき立場にあつたこと、3同被告人と覚せい剤との結びつきは相当強固で、再犯のおそれも小さくないこと、4前記約五〇〇グラムの覚せい剤の大部分を、二か月余りの間に約一〇〇回にわたり八名に密売あるいは無償譲渡しており、起訴・認定された譲渡罪はその一端と認められること、5同被告人は、これらの譲渡によつて約一〇〇万円の利益を得たこと、6所持にかかるけん銃三丁はいずれも真正けん銃で、抗争に備えて隠匿していたものであることなどの事実を認定・説示しており、さらに、右2の点に関連して、7同被告人が、覚せい剤取締法違反等による前刑出所後間もなく、覚せい剤の密売に再び手を染め、本件までに数回にわたつて大量の覚せい剤(約六三〇グラム)を仕入れてこれを密売し、さらに利潤を求めてグラム当りの単価がより安い覚せい剤を仕入れようと企図し、被告人門田に仕入れの仲介を依頼して本件に至つたものであることなどの事実を認定している。以上の点は、原判決書に照らして明らかである。

ところで、所論は、原判決が「量刑の理由」中で認定した右1、4の事実が誤りであるとし、原判決により被告人藤原が他へ密売したと認定された覚せい剤約四二〇グラムのうち約二五〇グラムは、現実には捜索の際被告人により便槽内に投棄され、そのうち二〇〇グラムが便槽内の捜索によつても発見されなかつたものであつて、同被告人は、原認定のような大量の覚せい剤を第三者に密売してはいないと主張するものであり、被告人も、当審公判廷において、右所論に副う供述をしている。

しかしながら、そもそも、いわゆる起訴されざる犯罪事実は、これを被告人の性格、経歴及び犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮しうるに止まり、いわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料とすることは許されないものである(最大判昭和四一年七月一三日・刑集二〇巻六号六〇九頁、同昭和四二年七月五日・刑集二一巻六号七四八頁)。本件において起訴され原判決により「罪となるべき事実」として認定された右覚せい剤約五〇〇グラムに関する事実は、前記のとおり、被告人門田との共謀による右覚せい剤の営利目的所持及びその後の三回にわたる約一〇・八グラムの譲渡の事実のみであつて、原判決が「量刑の理由」中で認めた覚せい剤約四二〇グラムの第三者への密売等の事実の大部分は、右営利目的所持及びその後の約一〇・八グラムの譲渡の事実に対し起訴されざる余罪の関係に立つのであるから、被告人らに対する刑を量定する際にも、右密売等の点にさほど力点を置くことは許されない筈である。このような観点から考えると、原判決の前記のような説示は、起訴されざる犯罪事実を余罪として認定し処罰する趣旨であるとの疑いを招きかねず、少なくともはなはだ適切を欠くものであるとの非難を免れ難い。もちろん、不法所持にかかる覚せい剤の大部分が現実に社会に流布拡散されたかどうかは、起訴にかかる所持罪及び譲渡罪の動機・目的等を推知する資料として重要であり、また、それが、所持罪に関する犯行後の情況及び被告人の犯罪的性行等を示すものとして、起訴事実に関する量刑上多少の有意性を有するものであることは、これを否定し難いが、いやしくも、営利目的所持罪の量刑の際に、被告人が所持にかかる覚せい剤の一部ないし全部を第三者に密売しているという、起訴されざる余罪の存在に重大な力点を置いてこれを決することは、許されないというべきである。

以上のとおり、原判決が量刑の事情として認定した前記1、4の事実は、本件における被告人藤原の刑責の大小を決するうえでもともとさほど重視することの許されない事実であるというべきであるから、かかる事実に関する原判決の認定を争う所論について判断することは、原判決の量刑の当否を考えるうえであまり意味を有するものではない。そこで、以下においては、右所論に対する判断をひとまず措き、本件において起訴され「罪となるべき事実」として認定された犯罪事実を中心として考察した場合、被告人藤原に対する原判決の量刑を是認することができるかどうかについて検討することとする。

すでに説示したように、原判決が被告人藤原の「罪となるべき事実」として認定したものは、(一)被告人門田との共謀により犯した覚せい剤五〇〇グラムの営利目的による所持のほか、(二)前後三回にわたる覚せい剤の営利目的又は無償の譲渡(合計約一〇・八グラム)、(三)覚せい剤水溶液の自己使用一回、(四)けん銃三丁及び一四二発という大量の実包の不法所持の各事実である。ところで、覚せい剤が社会に及ぼす多大の害悪にかんがみその撲滅が強く叫ばれるようになつて久しいが、覚せい剤犯罪が依然としてあとを断たず、むしろ社会に次第に浸透しつつある実情にかんがみ、覚せい剤をめぐる犯罪(とりわけ、その密売により不法利益を得ようとする営利目的の所持、譲渡罪等)は、厳重にこれを処罰する必要があると理解されるのであつて、再々の法改正の趣旨を踏まえ、刑事裁判の実務においても、かかる犯罪を行つた者に対し、取り扱つた覚せい剤の量を一応のめどとした厳しい量刑がなされていることは、顕著な事実である(たとえば、当高等裁判所管内においては、再犯者の場合、覚せい剤約〇・〇三グラム程度の自己使用、所持等だけでも、懲役八月ないし一年前後の実刑が、数グラム程度の所持ともなれば、懲役一年数月から二年前後の実刑が科される例が多い。)。しかして、本件において、被告人藤原が同門田と共謀のうえ所持した覚せい剤は、この種事犯の中でも珍らしい約五〇〇グラムという大量のものであつて、まずそのこと自体本件における量刑上特筆されるべき情状であるといわなければならない。しかも、暴力団大日本平和会系至誠会内山内組の若頭である被告人藤原は、昭和五四年二月に、本件と同種の覚せい剤の営利目的所持、譲渡、けん銃・実包の不法所持を含む一連の犯行により懲役四年六月の刑に処せられながら、同五八年七月に満期出所するや、間もなく再び覚せい剤の密売に手を出すようになり、当初は至誠会内の他の組から一〇グラム、二〇グラム単位で覚せい剤を仕入れては密売していたが、出所後一年も経過しない同五九年五月には、取り扱う覚せい剤の量が次第に増大してきたところから、大量の覚せい剤を安価に仕入れて巨利を博そうと企て、山内組の組長の兄貴分門田嘉幸の妻で、右門田の服役中その依頼により生活費を渡して世話をしてきた被告人門田に依頼して、神戸市の暴力団の組長から前記覚せい剤約五〇〇グラムを安価に入手して、これを同被告人と共謀のうえ所持していたものであつて、被告人藤原の覚せい剤との結びつきが相当強く、また、約五〇〇グラムの覚せい剤の所持につき、同被告人が主犯と目すべき立場にあつたことなどは、原判決の説示するとおりであり、また、右約五〇〇グラムの覚せい剤のうち、約一〇・八グラムについては、その後二月以内に同被告人が現に第三者に譲渡したことが証拠上確認され、譲渡罪による処罰の対象とされているのである、このようにみてくると、被告人藤原の覚せい剤約五〇〇グラムの営利目的所持及びその後の一部(約一〇・八グラム)の第三者に対する譲渡の事実は、原判決が説示するように同被告人がその余の大部分を現に第三者に譲渡して高額の利益を得ていたか否かにかかわりなく、それ自体、強い社会的非難に値するものといわなければならない。また、原判決が認定した事実のうち、けん銃等の不法所持の点は、前刑の事件の捜索、押収の際に発見されずに終つた物件に関するものではあるが、同被告人は、前刑の事件の控訴審係属中に、保釈を許されるや、神殿の床下等に隠匿して発覚を免れた分を含む大量の実包とけん銃三丁を自宅の金庫内に納めて服役し、出所後、暴力団同士の抗争に備えてこれを磨いたり、さらには自宅洗面所のすき間に隠したりしていたものであつて、右のようなけん銃・実包の所持に至る経緯、所持の目的、数量などに照らすと、右各事実に対する被告人藤原の刑責にも、相当重大なものがあることは明らかである。そして、以上の諸点を中心とし、記録並びに当審における被告人質問の結果によつて明らかな諸般の事情に照らして考察すると、本件における被告人藤原の刑責は、優に懲役七年及び罰金一〇〇万円の刑に値すると認められるから(なお、原判決は、同被告人が覚せい剤の密売により現に一〇〇万円の利益を得たとの事実を指摘して、罰金一〇〇万円を併科する理由としているもののごとくであるが、覚せい剤取締法四一条の二第二項の罰金併科の規定の趣旨は、違反行為により得た不法利益を剥奪する点にあるのではなく、営利の目的によるこの種犯罪が経済的に引き合わないことを強く感銘させて再犯の防止を期する点にあると考えられるところ、右営利目的による覚せい剤所持罪の規模・態様、密売による予想利益など諸般の事情を勘案すれば、前記覚せい剤約四二〇グラムの密売により同被告人が現に一〇〇万円の利益を得ていたか否かにかかわりなく、同被告人に対し罰金一〇〇万円を併科した原審の措置は、これを是認しうる。)、同被告人の量刑に関する原判決の結論は、「量刑の理由」に関するはなはだ適切を欠く説示にもかかわらず、結局、これを是認しうるというべきである。論旨は、理由なきに帰する。

二被告人門田治代の弁護人隅田勝巳の控訴趣意について

論旨は、量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における各被告人質問の結果をも参酌して検討するのに、本件は、同被告人が、(一)被告人藤原と共謀のうえ、覚せい剤約五〇〇グラムを営利目的で所持し、(二)覚せい剤約〇・一五グラムの水溶液を一回自己使用し、(三)覚せい剤約一・七五グラムを路上で不法に所持したという事案である。ところで、右(一)の営利目的所持にかかる覚せい剤がきわめて大量であり、そのこと自体に照らして、同被告人の刑責が重大であることは、被告人藤原の控訴趣意の判断において述べたとおりである。のみならず、同被告人は、昭和四四年三月に覚せい剤の自己使用罪により罰金二〇〇〇円に、同五七年一〇月には、夫嘉幸との共謀による覚せい剤約五・九八二グラムの不法所持などの事実で懲役一年六月、四年間執行猶予(保護観察付き)の刑に処せられながら、間もなく、暴力団関係者に請われるまま再三大量の覚せい剤の仕入れの仲介をするようになり、同五九年五月に、被告人藤原から密売を前提として覚せい剤の大量入手方を依頼されるや、自己が保護観察期間中の身であるにもかかわらず、これを了承し、夫嘉幸の覚せい剤の仕入れ先で自身もかねて覚せい剤の取引のあつた暴力団の組長から覚せい剤約五〇〇グラムを入手してやり、同被告人と共謀のうえこれを所持したものであつて、右犯行において被告人門田の果たした役割は軽視し難く、また、犯行に至る経緯にもはなはだ芳しからざるものがある。そのうえ、同被告人は、被告人藤原が検挙されたのちにおいても、暴力団関係者から譲り受けた決して少量とはいえない覚せい剤を路上で所持したり、自己使用したりしているのであつて(右(二)(三)の犯行)、これらの諸点に照らすと、前記(一)の覚せい剤約五〇〇グラムの営利目的所持の事実をめぐる所論指摘の事情(右犯行の主犯が被告人藤原であり、被告人門田は、同藤原から渡された交通費三万円のほか、何らの報酬を得ていないこと、被告人門田としては、同藤原から日頃生活費を貰つていた関係上、同被告人の依頼をむげには断わりにくかつたと思われることなど)、現在における反省の程度、家庭の事情など、記録並びに当審における被告人質問の結果によつて明らかな被告人に有利な情状を十分斟酌しても、同被告人を懲役四年に処した原判決の量刑は、(「量刑の理由」に関する説示中に、前記のとおり、はなはだ適切を欠く部分があるにもかかわらず、)結論としてこれを是認しうるというべきである。論旨は、理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松井 薫 裁判官村上保之助 裁判官木谷 明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例